染み |
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私は、膿と二酸化炭素の詰まった皮膚の袋だ。
時折、皮膚のどこかを破って中身を洗い流してしまいたいと思うが、洗い流したいそれを、一体どこへ捨てたものかと思案する。人(少なくとも私と言う人間)が粗大ゴミか不燃ゴミの日に外へ出しておけないのはほんとうに不便だ。
皮膚と肉と骨と内臓でできた、人間と呼ばれるものも、ゴミ箱の中に溜まるゴミと何が違うのかと、私は時折思案する。腐って土に還るまでには腐臭と融けた体を撒き散らし、焼けば灰にはなるが、燃料と時間の無駄ではないかとも考える。いっそどこか埋立地に、ぎちぎちと埋めてはもらえないだろうか。
頭を振ると音がする。からからと、干乾びた私の脳が、頭蓋骨の中で転がって音を立てる。灰色の、皺もない死に果てた細胞だったものの成れの果ての、実を結ばない何かの果実の種のような、私の小さな脳髄だったもの。
頭蓋骨の下の私の体の中には、膿が満ちている。可哀想な私の白血球が必死で闘い、死んだ後に残したものが、私の体をたぷたぷと満たす膿だ。
憐れな白血球は、何と闘ったのだろう。ただおとなしく、血管の中を運ばれていればよかったものを、何を相手に、そんなに一心不乱に闘ってしまったのだろう。私の体をすべて膿で満たし、色の失せた皮膚の下でたぷたぷと満ちて揺れるだけだと言うのに。溜まった膿はどこへも出て行かず、ただ溜まってゆくだけだ。
生きるために呼吸をしては、二酸化炭素を吐き出す。息を止めてしまえればいいが、窒息は苦しいものだ。あらゆることに気概のない私は、窒息すら耐えられない。
皮膚のどこかを切り裂いて、膿を全部流せばいい。一緒に二酸化炭素も吐き出して、私はただの皮膚の残骸になって、自力では人の形さえ保てないものになれば、ぱたぱたと小さく畳んで、どこかへ放り込んでおけばいい。
膿と二酸化炭素を包み込むだけの皮膚の袋の私は、自分が世界から隔てられているのをこの皮膚のせいにして、この皮膚が、例えば膿の腐った臭いを包み隠してくれているのだとか、二酸化炭素を抱え込んだ無用の長物未満の存在なのを覆い隠していてくれているのだとか、そんなことには思い至らない。
私はただひたすらこの皮膚を憎み、その憎しみが間違った対象に向けられていると知りながら、本来の的に憎しみをぶつける恐怖に耐えられずに、私はこの、私の腐り果てた、捨てることさえできない本性を、とりあえずは人に見える形に整え、私に向かう世界の視線(そんなものがあると信じるのは、ほとんど私の妄想だ)を遮蔽してくれている皮膚を、憎んでいる。
私は間違っているし、この皮膚に深く感謝すべきなのだろう。そして、私の憐れな白血球にも、心から感謝すべきだ。
皮膚でできたいれものの私は、中に詰まったものが膿と二酸化炭素でしかないことに絶望しながら、けれど他の何を生み出すこともできず、そしてこの中身を捨て去って別の何かを入れ替える術も知恵も持たない。
私は極めて愚かで、土に還ることもできない汚物で、私は生きていようと死んでいようと、無意味と言う点で一切世界に影響を与えない。私は、生きているだけでこの世界を汚しているが、死んだ後も私の体は世界を汚し続けるし、その汚れが、私を結局無意味未満の存在にする。
少なくとも生きていれば、私は、私が世界に垂れ流す汚れ具合をコントロールすることはできる。死んだ後の死体の腐り具合は、私にはどうすることもできないのだ。
私の白血球は、何を相手に闘って、膿に成り果ててしまったのだろう。空っぽの私の中に、一体闘うべき何があったと言うのか。
あるいは、空のままでは人の形が保てず、それなら膿でも溜めれば少なくとも形は整うかと、その時すでに萎縮していたろう私の干乾びた脳が考えたのか。
私はもう、自分がひとであった時のことを思い出せない。気がつけば私は、膿と二酸化炭素の詰まった皮膚の袋だった。頭を振ればからからと音がし、そこに脳が詰まった重さがあった記憶はない。
私は、正確な意味で血も涙もない人間だ。膿だらけの体から血や涙が流れ出るわけはなく、こんな風に思慮もない人間が愚かでもあるのは、すでに生き物としての意味さえ満たしてはいない。
私は正確な意味で人でなしであり、だから、皮膚の下にきちんと血が流れ、思考するための、真っ当な大きさと重さの脳を持つ人間たちと、繋がれるわけもない。
皮膚が、私と世界を隔てていると、そう考えるのは私の自由だが、実際に私と世界を隔てているのは、私の中を満たしている膿と二酸化炭素であり、干乾びて使いものにならない私の脳だ。
皮膚の色でも言葉でも育ちでも何でもなく、私が世界と繋がれないのは、ただ私のせいだ。
私の皮膚は、白血球と同じほど必死に、私の腐り果てた中身を包み、世界から隠し、私をごく普通の人間に見せようとしてくれるが、この皮膚をただ憎む私は、皮膚にさえ隠せない愚かさを垂れ流して、いっそう世界から遠ざかってゆく。
人でなしの私は、自分の皮膚に感謝することさえせず、ただ憎むしかしない。皮膚はいつか私を見限って、どこかへ去ってしまうだろう。私の皮膚に生まれたことを後悔しながら、私に付き合ったことも後悔しながら、染みついた膿の臭いに辟易しながら、私を置いて行くだろう。
そうして私は、膿の水たまりになって、地面の染みになる。人形(ひとがた)ですらないただのいびつな丸の、気味の悪い緑の染みだ。そんな風に、世界から消えてしまえればいい。
投稿者 43ntw2 | 返信 (0) | トラックバック (0)