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 草取りに庭に出る。あちこちに生えている雑草の傍へしゃがみ込み、うつむいて、黙々と草を抜く。

 ふと気づくと、そんな私の傍らに鳥が飛び降りて来ていた。

 雀よりは大きく、鳩よりは小さい、丸い頭と短い嘴、頭から背中、そして比較的長い尾にくすんだオレンジが掛かり、色と雰囲気を地味にしたインコと言った風情の鳥だった。私が見つめていても逃げようともしない。

 鳩のように膨らんだ胸の丸さが見事で、それが鳥を尊大な態度に見せている。実際に、私の傍で堂々としている姿は、確かに尊大と言えなくもなかった。

 胸元の白さは驚くほどで、ほとんどぎらぎらしいその白さに、私は雑草を抜く手を止めて目を細める。その私に向かって、鳥は頭を軽く傾けて見せた。

 「こんにちは。」

 思わず鳥に向かって言うと、鳥は少しの間きょとんとしてから、ちょんちょんと地面と飛び跳ねて私のもっと近くへ寄って来る。そして、雑草が抜かれて嵩が減り、柔らかく掘り返された地面へ短い顔を埋めるようにして、嘴でその黒い土をつつき始めた。

 どうやら、掘り返された土の下にいる虫を狙っていたらしかった。すぐに何か小型の甲虫のようなものを見つけ、鳥はそれを食べ始める。

 捕食の場面を観察する趣味のない私は、鳥から視線を外し、また雑草抜きに心を戻す。

 「ミミズは食べないでね。土を優しくしてくれるから。」

 手元へ視線を置いたまま、私はひとり言のように鳥へ言った。

 「わかった。」

 土に汚れた顔を上げて、私を見上げて、鳥がはっきりとそう答える。私は鳥へまた顔を向け、近頃では鳥も私たちの言葉を解し、私たちの言葉を使えるのかと驚いていた。

 「わかったよ。」

 私が聞こえなかったと思ったのか、鳥がもう一度言う。意外に耳に心地良い、低い声だった。

 「ありがとう。」

 鳥にそう言って、

 「ありがとう。」 

 鳥も私にそう言った。虫の捕食を許していることに対してだろうか。私はそれきり黙って、雑草を抜き続けた。鳥はしばらくして飛び立って行った。



 私は毎日、雑草を抜きに庭に出る。長くは外へいられないので、1日に抜くのはほんのわずかだ。その私の時間をどこで見ているのか、必ずあの鳥がやって来る。

 飛び去る時にはいつも嘴と胸の白毛が土で汚れているのに、やって来る時にはまたぴかぴかになっている。鳥も毛づくろいをするのだろうが、猫や犬のように舐めると言うことができるのだろうかと、私はちらちらと、隣りの鳥を見て考える。大体嘴の辺りは自分ではきれいにできないだろうに、仲間がいるのだろうか。

 それにしても、こんな鳥は今まで見たことがない。とは言え、不精者の私は、わざわざ図書館や手元の図鑑で同じ鳥を見つけてみようともしなかった。鳥はただ、私の庭に虫を食べにやって来る鳥であり、私の雑草取りに何となく付き合う隣人のようなものだった。

 くすんだオレンジの、素敵な色だがどこか淋しいそれと違って、胸や腹の辺りの白さのぎらぎらしさは、裸眼で見る太陽光のようだ。人間の私の傍へ、怖気づきもせずに近づいて来て虫を獲るのだから、態度が大きいと言えばそう言えた。

 私はいつの間にか鳥の来ることを期待して、毎日、洗面器と小さなボールにそれぞれ水を入れ、雑草抜きをする傍へ置いておくようになった。

 鳥は時々洗面器の方で水浴びをし、小さなボールから水を飲む。気まぐれに、ふたつのことをひとつの場所でやったりもする。ボールの方は尻尾も頭もはみ出るのに、構わず水浴びをする姿は奇妙に可愛らしい。

 そして私たちは、時々おしゃべりもした。

 「おまえは空を飛べないんだな。」

 「あんまり必要はないわね。」

 「なんで草を抜くんだ。」

 「せっかく植えた花の栄養を取っちゃうから。」

 私の言うことがよくわからない時は、鳥は真っ黒なつぶらな瞳を丸く見開いて、最初の時のように首を傾げる。その姿の愛らしさと声の低さの吊り合わなさに、私はそっと微笑む。私が笑うと鳥も笑う。鳥にも表情があるのだ。

 虫を取り、腹が満ち、胃のふくらみが落ち着くと、鳥は淋しいオレンジ色の羽を広げて飛び立つ準備を始める。

 「また明日も来るの。」

 「多分な。」

 「そう、さようなら。」

 「さようなら。」

 私たちは会うたび同じ挨拶を交わし、鳥は飛び去り、私のその日の草抜きは終わる。



 そうしてある日を境いに、ぷつりと鳥はやって来なくなった。

 雑草の生える勢いも衰え、太陽のぎらぎらしさはすっかり影を潜め、だから鳥もきっと、もっと暖かいところへ飛んで行ったのだろうと私は思った。

 ひとりしゃがんで草を抜くのは、何だかとても淋しい。季節のせいだけでもなく、庭も何となく薄暗い。あの鳥の、周囲のすべてを暴くようなあの胸毛の白さを、私は恋しく思った。

 「今度はいつ来るの。」

 自分の手元に向かって私はそう言い、鳥のあの声が答えてくれるのを期待する。

 草抜きに庭に出る時には、必ず洗面器とボールに水を用意し、庭から上がってもそのままにしておいて、翌日庭へ降りる時に、使われた様子のない水をまたきれいなものに取り替える。私はそれを繰り返している。

 鳥はまた戻って来るだろうか。太陽があの毒々しいほど鮮やかな輝きと白さを取り戻す頃に、鳥もまた私の庭に、私の傍らに戻って来るだろうか。

 お帰り、と私は言うだろう。鳥は私を覚えているだろうか。あの小首を傾げる仕草で、私を見上げるだろうか。

 戻って来る時には、家族を連れて来ればいい。妻だろう鳥と、ここに来ない間に生まれた仔どもの小鳥たちと。そっくりの姿の、大きさの違う鳥たちの群れ。私の庭に降り立ち、虫を探して地面をつつく。私は黙って草を抜き続ける。

 じきに、洗面器の水の表面に氷が薄く張る季節になる。息は白くなり、地面は硬く凍り、雑草はすべて茶色に枯れる。そうしたら私はどうしようか。

 ほんとうに、どうしよう。

 身を寄せて、ひとつの毛玉のボールのようになって眠る鳥たちの姿を想像して、私もそんな風に眠ってしまえたらいいのにと思いながら、すでにかじかむ、泥に汚れた手をこすり合わせ、私は合わせた掌の内側に向かって、はあっと息を吐きかける。その息が、もうかすかに白い。

 鳥のあの胸毛の白さとはまったく違うその白さに、私はひと時目を細めて、

 「いつ戻って来るの。」

 今はここにいない鳥に向かって話し掛ける。

 そしてまた、手を離して、地面へ向かって指先を伸ばす。

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