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苦楽

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 ある年のゴールデンウィーク、私は長編を1本書き上げた。

 長編とは言ってもせいぜい10万字程度の、今なら短編と小声で言うのが精一杯なものだったが、当時の私には充分に長いひとかたまりで、ほとんど日記のように書き継いで来たそれがそろそろやっと終わりそうだから、何の予定もなかったそのゴールデンウィークの間に、どこへも出掛けずに最後まで書き上げてしまおうと、そうやって始まった私のその連休だった。


 どうと言うことはない内容で、ふたりの人間が出会って、ほとんど事故のように恋に落ちて、その理由が前世で実はひとりの人間だったからだと、今読み返したら私は多分その場で自分の墓穴(はかあな)を掘り始めるだろう陳腐さだが、それでも、売ってもまだ余るような若さだけの体力と気力と情熱を傾けて、私はその物語を書き、そしてようやくそれは書き上がろうとしていた。


 こんな風に何かを作った経験があればわかるだろうが、こんな最終段階にはほとんどトランス状態になることがある。

 手を動かして書いているのは確かに私だが、私の頭の中になだれ込んで来る思考は、私のものなのに私のものではないようで、頭の中で綴られているのは私が考える前にすでに存在していた何かで、私はただそれを自動書記のように紙に書き写しているだけだと言うような、そんな状態だ。

 この時、私は生まれて初めてそんな状態になり(小説のようなものを書き上げたことは以前にも何度かあった)、連休の半ばからほとんど飲まず食わず、トイレにすらろくに立たずに、確か仮眠を2、3時間取っただけで、後は60時間程度、不眠不休で書き続けた。

 そして連休最後の日、これは単なる日曜だったと記憶しているが、早朝にこれをついに書き上げて、私は誇張ではなく、天から降って来る光を、自分の部屋の中で見た。


 単に朝になって、部屋の中に朝陽が差し込み始めたと言うだけだったのかもしれないが。


 私は、あれほど清々しく爽やかな気分を、あれ以前もあれ以後も、味わったことがない。

 解脱とか昇華とか、無理に名づけるならそんな状態だったのだろうと、私は考える。

 身体(しんたい)をくるりと裏返し、ごしごしと容赦なく洗い、表に返してまた洗う、そうしてまっさら新品同様になったような私だった。

 額のどこかに穴が開き、そこから外の世界が見える。世界はふた色明るく、ふた色鮮やかで、何もかもが恐ろしいほど透明で、そして完璧さに満ちていた。自分の中の汚れがすべて洗い流され、私の中は完全に空っぽで、そして同時に満ち満ちてもいた。

 恐ろしいほど昂揚した気分のまま、私は部屋の中を歩き回り、何かをせずにはいられず、そうして、どういう順番だったのかもう記憶は定かではないが、とにかくある友人の家へ向かって突然出発した。


 連休前に恐らく友人から聞いていたのだと思うが、その日曜はたまたま友人の誕生日で、私はその誕生日を直に会って祝いたいと急に思いついたのだ。

 どの時点で手に入れたものか、これも憶えていないが、とにかく私は花束を抱えて電車に乗っていた。友人の家までは2時間近く掛かる。事前に友人に電話をしたのかしなかったのか、私はまったく憶えていない。せずに突然の訪問だったのだとしても驚かない。幸いに、友人も私の少々奇矯な振る舞いを、笑って受け入れてくれる人だった(だからこそ、私と親友でいてくれたのだ)から、そのことはあまり問題ではなかった(と少なくとも私は思っている)。


 さて、その行きの電車の中でも、私の興奮状態は同様に続いており、周囲の見知らぬ同乗者たちには私の様子がおかしいのが明らかだったのではないかと、今振り返れば思う。

 私はほとんど覚醒剤使用者のように落ち着きがなく、笑みが絶えず、60時間ろくに眠っていない風体で、服装もぞんざいだったろうし、挙句膝の上には何事かと思うような大きな花束を抱えて、その時私は完全におかしな人だったろうと思う。

 ひとつ憶えているのは、私は落ち着きなく車内を絶えず見回して、そしてある時点で乗り込んで来た年配の女性(60から70くらいと思われた)に、車両入り口に佇むその人へ向かって、車両半ばから大声で声を掛け、自分の席を譲ったのだ。

 私は完全に、楽しく正しく狂っていた。私は完璧に真っ当だったが、あの時の外の世界では、そうは思われなかったに違いない。

 ともかくも幸いにその女性は席に坐ってくれ、私はこれも弾むように席を立ち、弾むように車内を歩き、弾むようにつり革につかまった。警察を呼ばれなかったのは、ただただそこが走る電車の中だったからだ、というただ一点だ。


 無事に乗り換えの駅に着き、友人宅へ向かうために次の電車に乗り、私は相変わらず弾むような飛ぶような足取りで歩き続け、友人の家に着き、まだパジャマ姿で出て来た友人に、

 「誕生日おめでとう!」

と、一言ほとんど怒鳴るように告げて、花束を渡して、明らかに当惑している彼女に何の説明もせず(後で電話で状況を説明はした)、私はそこへほんの2分とどまっただけで立ち去った。


 まったく同じ状態で自分の家へ約2時間掛けてとんぼ帰りし、そして多分、私はその日の午後、泥のように眠ったに違いない。

 目覚めてもまだ爽やかな気分は続いており、だが夜の暗さの中では、あの視界の拭ったような鮮やかさはすでに失われていた。やや落胆したような記憶がある。


 あれ以来、私はあの、まさしくチャクラの開いたような感覚を再び味わいたくて、書き続けている。

 自動書記のような状態になることは案外珍しくはないが、書き上げた後の虚脱や放心や昂揚や洗い上げられたような爽やかさや、そんなものも普通にあるが、"あの"、すべてが外に向かって開き切り、私が間違いなく世界の一部になり、私の中に世界のすべてがなだれ込んで来て、そして私はそのすべてを受け入れるだけに無限であると言う感覚は、あれきり味わえない。

 あの状態を思い出すだけで、使ってはいけない薬を使っている時のような(言っておくが、私は覚醒剤等を使った経験はない)状態に、私は軽く陥る。思い出すだけで"ハイ"になれる。

 私はあの感覚にすでに中毒しており、禁断症状に楽しく苦しみながら、その時を望んで書き続けている。


 書くと言う実際の作業は単なる肉体労働だが、脳を使っている感覚は悦びだ。私は苦しみを愉しんでいる。愉しみを苦しんでいる。

 私はあの愉悦を求めて書き続けるし、書き続けるいつかの先に、あの愉悦がまたあると、信じて疑わない。


 書く内容など問題ではない。誰も読まなかろうと、私はあの時、あの物語を書き上げると定められていたのだ。あの物語はあの時、私の脳を選んでどこからかやって来たのだ。書き上げられるために。

 私の脳は、どこかへ向かって全開になり、やって来る何もかもを受け入れた。受け入れることのできた、その時の私の脳だった。

 私は、どこかを漂っている、書き上げられることを待っている物語を、これからもずっと探し続けるだろう。脳を開き、底を深くし、手指の先へ真っ直ぐに滞りなく伝わるように、私は書き続け、そしてあの愉悦の時を求め続けている。

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