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あなたは今何をしているだろうか。
日曜の午後、冷蔵庫を開けて冷たい飲み物を探しているかも知れず、外へ出て買い物でもしているかも知れず、あるいは、誰か親しい人と会う約束に出掛ける途中だろうか。
あなたは今どこにいるのだろうか。
自宅の自室か。近所のコンビニか。あるいはバスが電車に乗って、流れる街の眺めをぼんやり目に映しているところだろうか。
あなたは今何を見ているだろうか。
テレビか。コンピューターのモニタか。携帯やスマートフォンの画面か。あるいは映画かもしれないし、これから乗り換える電車のやって来るホームの線路かもしれない。
あなたは今何を聞いているだろうか。
テレビのコマーシャルの音か。たまたま好きな曲を流しているラジオか。コンビニの有線か。それとも車の中で、お気に入りの曲を山ほど流しながら一緒に歌いでもしているかもしれない。
あなたは今誰と一緒にいるのだろうか。
家族か。親しい人か。友達か。恋人か。それとも、ひとりを楽しみながら、駅までの道を歩いているだろうか。
あなたは今何を考えているだろうか。
夕食のことを。昼食に食べたそうめんのつゆの出来が今ひとつだったこと。明日月曜が気が重いということ。それとも、誰か何か、とても大切なこと。考えるだけで、あなたの頬に自然に笑みが浮かぶ、その類いのこと。
あなたは今誰の声を聞いているのだろうか。
友達の声。家族の声。あるいはあなた自身の声。それともあなたがお気に入りの、あの映画監督のインタビューを聞き返しているところ。
私は今、あなたのことを考えている。これは一体恋だろうかと、自分の胸の内を覗き込むようにしながら、あなたのことを考えている。楽しそうな、幸せそうなあなたを想像して、私はひとり胸をあたたかくし、いやこれは恋ではないと、その時だけの結論を下す。次の瞬間には、いやきっと恋だと、真逆の結論を下す。私はここのところ、そんなことを繰り返している。
楽しそうで幸せそうなあなたを見て、私は時々幸せになり、時々辛くなる。あなたのその楽しみに私はもちろん含まれず、私はただ遠目にあなたを眺めるだけで、あなたは私の視線に気づかずに、私はここにいることすら知らない。
あなたの周囲に、私は嫉妬し、妬みの末に自分が惨めになって、あなたに背を向けて、だがそれがもっと辛いことに気づくと、またあなたを見つめることを再開する。
あなたを見つめずにはいられない。幸せそうな、楽しそうなあなたを、私は見つめ続けずにはいられない。
昔々、初恋の人を背の高い花に例えて、自分を雑草に例えたが、現実に私は雑草ではなく、水や空気ですらない。あなたにとって、私は存在しない何者かで、せめて私がここにいることに気づいてはもらえないかと、近頃私が考えるのはそんなことばかりだ。
私はここにいてあなたを見つめている。あなたは私がこの世に存在することすら知らず、他の誰かに微笑み掛けている。私はここにいて、せめてあなたが振り返って、その笑顔をはっきり見ることができないだろうかと考えてる。一度でいい、あなたが、私に微笑み掛けてはくれないだろうかと、そんなことを考えている。
私が雑草なら、土の下で根を伸ばして、いずれあなたの根に触れることもできるだろう。
私が水なら、あなたの乾いた葉を潤すことができるだろう。
私が空気なら、私はあなたに必要なのだと、胸を張ることもできたろう。
私はそのどれでもなく、この世に確かに在ると証明もできず、あなたの視線と微笑みの行方によって不在の証明をされ、あなたへの想いの存在によって、私はこの世に在るのだと知覚するしかない。
私がここに在るなら、あなたが見たいものを塞いでしまう邪魔ものにしかならないだろうか。ただ目障りな遮蔽物でしかないだろうか。
あなたを想う私は、確かにここに存在するが、私を知らないあなたにとって、私は存在しないものだ。その間で、私は自分が在るのかないのか迷い、混乱し、ないなら消すこともできない自分の存在を、空の掌を見下ろしてただ持て余す。
あなたがいるから私は在る。あなたにとって私はない。私は何だろう。あなたによってしか、在ると知覚することのできない私は、一体何だろう。
あなたは今、どこで誰と、あるいはあなたひとりきりで、何をして何を聞いて、何を考えているだろう。
あなたは今、私の世界を占めているが、私はあなたの世界に含まれてはいない。
あなたは今、私にとって酸素も同然だが、私はあなたの目には映らない存在しないものだ。
私はあなたに恋しているのだろうか。これは一体恋なのだろうか。
あなたが楽しそうに微笑んでいる。それを見て、私は幸せな気持ちになる。
あなた故に在る私は、あなたの存在の気配を追い掛けて視線を回す。目が合ったところで、あなたの視線は私を素通りするだろう。それでも、あなたが見ているものをこの目で確かめにはいられない。
あなたの目が見ている世界を、そのまま見てみたい。色も形も影も匂いも、何もかもそのまま、自分の目に映してみたい。
私が欲しいのは、あなた自身まるごとではなく、ただあなたのふたつの眼球なのかもしれない。きらきらと楽しそうな、幸せそうなあなたの世界が映る、あなたのきれいなふたつの眼。私が欲しいのは、あなたの眼球なのかもしれない。
それを奪い取らないために、私は遠くへいた方が良さそうだ。
あなたには絶対に手の届かない、この辺りへいて、あなたを見つめているだけにしておいた方が良さそうだ。
投稿者 43ntw2 | 返信 (2) | トラックバック (0)