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 「その頭、どうした?」

 鏡台の前にぺたんと坐って、何とか櫛を通そうとしている私の後ろで、鳥が何かをついばむようなかすかさで訊いて来る。私は振り向かずに、鏡の中の自分に視線を据えたまま、ちょっと肩をすくめて見せる。

 「切ったの、自分で。蟹の子と一緒に。」

 ぶつぶつと切り落として、長いところは多分2センチくらい、短いところは1センチもなさそうな私のザンギリ頭を、鳥は小首を傾げて眺めている。

 「かにのこ?」

 「そう、はさみで、ふたりで一緒に切ったの。」

 鳥は振り向かない私に焦れたように、ちょんちょん畳の上を飛び跳ねて、だらしなく投げ出した私の足首へ飛び乗り、そこからちょんちょんと、スカートに包まれた腿の辺りへ登って来る。

 「なんで切った?」

 どこか怒ったような声で鳥が訊く。小さな体の、丸々とした胸をそらして、まるで威嚇するように尋ねるが、その黒くて丸いつぶらな瞳では、どんな低めた声も凄みなどない。

 鳥はそこからはたはたと羽ばたいて、私の肩に乗って来た。

 ピアスのない私の左側の耳朶を鋭い嘴で、だが充分に用心した強さでつつく。じゃれ掛かられているようなその仕草に、私はくすぐったいと肩をすくめ、櫛を持っていた手を下に下ろす。

 「どうしてかな、突然切りたくなったのかもしれない。どうせすぐ伸びるもの。」

 ふふっと、自分でも驚くほど軽く、私は含み笑いをこぼす。

 鳥はさらに怒ったように羽をふくらませ、ぷうっと頬もふくらませたように、まるで鞠のようになって、私の首筋へいっそう近づいて来る。

 そうして、また嘴で、すっかり短くなった私の髪をついばんだ。

 「こんなになったら、遊べないじゃないか。」

 「ごめんなさい。」

 微笑みを消さずに、私は答える。

 そうだった、草を抜く私の後ろから、時々髪をつまんでは遊ぶのが、鳥は好きだったのだ。まさか鳥が、私の髪を惜しんでくれるとは思わなかった。

 「切った髪は持って帰ったから、巣材に使うといいわ。」

 「今年はもう巣は作らない。」

 「じゃあ来年。」

 「そんなに待ったらふにゃふにゃになる。」

 「ならないわよ、髪の毛は腐らないから。多分。」

 草の葉や木の枝とは違うのだと、どうやって説明しようかと重いながら言うと、鳥はどうも合点が行かないが、もうそれ以上は訊くのも面倒だと言わんばかりに、また私の頭をつつき始める。今度は、少しばかりさっきより強く。

 「痛い。痛い。」

 思わず頭を傾けて鳥の嘴から逃れようとすると、

 「つまむ髪がないからしょうがない。」

 まるで、私が髪を切ってしまったせいだと責めるように(実際に責めているのだろう)、鳥は私の頭をつつき続けた。

 「そんなに意地悪してると、蟹の子に羽根を切られちゃうんだから。」

 肩の鳥を追い払うように手を振ると、ひと時鳥は私の頭をつつくのをやめるが、すぐに、今度はぱたぱたと私の頭の周りを飛び回りながら、ちくちくつくつく、私の頭を嘴で突き続けるのだ。ついでのように、短い髪も時々引っ張ってゆく。

 「はね?」

 「そう、蟹の子のはさみはよく切れるんだから。気をつけないと。」

 私の前髪を、触れただけで切り落としてしまったように、あの蟹の子のはさみが鳥の羽根に触れたら、すっぱりとオレンジ色の羽毛が散るだろう。

 羽根を切られたら、鳥は飛べなくなってしまうかもしれない。そうしたら、鳥はもうどこへも行かずに、私の傍へいてくれるのだろうか。そう考えてから、私はふと淋しくなって、そう考えた自分がいやになって、振り払う手の動きを止めて、しんと鏡の縁へ視線を滑らせた。

 ふん、と鳥が、動かなくなった私の肩へまた止まり、再び虚勢を張るように丸く胸をそらす。蟹の子のはさみなんか怖くも何ともないと、そう言っているように、鳥の姿が鏡の中へ映っていた。

 蟹の子がここへやって来る時は、もうしばらくは必要のない髪をまとめるゴムの輪で、あのはさみをくるくる巻いておこう。色とりどりのゴムの輪を、蟹の子に選んでもらおう。あの鋭いはさみをゴムの輪で留めて、切るのには使えないようにして、そうして鳥と私と遊んでもらおう。

 しっかりと閉じたはさみの先は、鳥の嘴ときっといい勝負だ。かちんかちんと可愛らしい音を立てて、それが会話の代わりのように、鳥と蟹の子が一緒に遊ぶ。私はじりじりと畳の上に膝を滑らせて、私も交ぜて、と控え目にお願いするのだ。

 人差し指を差し出し、嘴と閉じたはさみと一緒に、つっつきっこをして遊ぼう。あるいは鳥も蟹の子も、私の短い髪をつついて遊ぶだろうか。それなら私は畳の上に腹這いになって、ザンギリ頭を差し出して一緒に遊んでもらおう。

 緑や黄色や青の輪ゴムで留められた蟹の子のはさみ、淋しいオレンジ色の羽根をした鳥の、金色がかった黄色の嘴、私の少し赤みの入った黒い髪、混じらずに、色々が交じり合う。

 私はくすくすとひとりで笑った。鳥が、なんだと言うように、私の首筋を嘴の先でくすぐって来る。

 「髪なんか、すぐ伸びるから。来年また、草抜きが始まる頃までにはきっと。」

 どうだか、と私の言うことなど信じていない風に、鳥はそのほとんどない撫で肩をすくめて見せる。鳥は気づいていないようだが、その仕草はだんだん私そっくりになりつつある。

 そして私は、少しずつ鳥の仕草に似て、何でもかんでも指先でまずつついてみるのだ。

 私たちは、そんな風に親しさを増して、今では離れていても、互いを忘れてしまうかもしれないと、そんな風には考えなくなっている。

 私は庭に出て草を抜き、鳥はそこへやって来て、庭の土と私の髪をつついてゆく。土の凍る頃には、鳥は姿を消して、だが時折気まぐれに私を訪ねて来る。訪ねて来ると、土のない代わりに私の髪で遊ぶのだ。

 しばらくは私の髪では遊べない。だから今度は、蟹の子を誘ってみよう。遊びにおいで。鳥がいるよ。はさみをちょっとの間閉じて、一緒に遊ぼう。私も交ぜて。

 そろそろ土が凍る。あたたかな部屋の中で、私たちは互いを優しくつつき合う。決して傷つけないように。痛ければ、痛いと遠慮なく叫んで。

 鳥が、すりすりと丸い頭を私の耳朶へこすりつけて来る。機嫌の直った仕草だ。

 鳥のために、私の髪で遊べない鳥のために、私は鏡台の引き出しを開けて、ふらふらと耳朶からぶら下がるピアスを探す。鳥がつついて遊べるように、切ってしまった髪の毛の代わりに、長く鎖の垂れたピアスを取り出して、右の耳朶にふたつ並べて着けた。

 「ほら。」

 銀色の細い鎖の先に、小さな緑の石のついたピアスを振り向けると、鳥はそこで小さく羽ばたいて、私の右肩へ飛び移って来る。

 鏡の中に、ザンギリ頭の私と、オレンジ色の鳥と、小さな緑の石がふた粒、ふらふらと映る。鳥がその石をつついて遊ぶ。私はそれを見て笑う。

 蟹の子は、どんな顔で笑うのだろうと、まだうまく思い浮かべられずに、鏡の中の鳥に、私は微笑み掛けていた。

投稿者 43ntw2 | 返信 (1) | トラックバック (0)

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小学校の時、ヒナから育てた手のり文鳥のコトを思い出しました。

投稿者 q7ny3v | 返信 (1)

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