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現実逃避

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 少し特殊な内容のものを書いている。分からないことばかりで、調べたところで自分で体感できることではなく、使うのはひたすらに想像力だ。考えるたびに脳が引き絞られる。耳の後ろが痛い。

 気楽に引き受けて、こちらの楽観と怠惰を見通している相手だから、すでに過ぎている締め切りを数日伸ばしてもらい、ふたつ目の締め切りが、次にやって来る締め切りと重なることに気づいて、今私の頭の中は嵐のど真ん中だ。

 頭痛がほんものになりつつある。


 それでも何とか書き進める。10文字書いて15文字消す。消した途端、前に書いたところが気になり始めて、つい読み返して書き直す。こちらも5字書いたら7字消すと言う具合に、進んでいるようで後退ばかりだ。結局ちっとも進まない。

 消えたら困るから保存だけはこまめにやる。そうして、途中で、消した前の方が良かったと思った時のために、バージョン違いをいくつも保存してしまう。結局どれも同じに見えて使わないのが目に見えているのに。

 いくつもいくつも並ぶ、微妙に名前の違った文章の、開いて眺めても違いは分からず、読み返すだけ時間の無駄だ。

 こうして新たな締め切りがどんどん近づいて来る。自分の愚かさを嘆くのは現実逃避でしかない。


 売る文章などではない。好きに書いているだけのものだ。

 遊びに頭を痛めて、それでも求められていると言う一点に望みを賭けて、相手を落胆させる未来に、すでに自分に失望している。

 頭の中にすでに映像が出来上がっていて、それを文章に直す手が進まない時と、映像がまったくきちんと浮かばない時と、苦しいのは後者の方だが、出来上がりの程度を信用できないのはどちらの場合も同じだ。

 書き上げて、相手に喜んでもらえるだろうかと思う以前に、そもそも読んでもらえるのだろうかと、そう思い始めると手が止まる。自分だけが読むためではなく、こんなものをと事前に言われて書くのは、目の前にその人がいる分、苦痛が増える。

 それでも、書き上がった時の達成感が味わいたくて、私はひたすら書き続ける。


 学校で習った作文以外に、文章を書く勉強などしたことがなく、書くのが楽しいと思ったこともなかった──苦痛ではなかった──のに、何か吐き出せとそう言われた時に、私は当然のように文章を書くことを選んでいた。

 あの瞬間のことを、今も私は憶えている。

 あの時なぜ、私は書くことを選んだのだろう。紙を探し、ペンを揃え、下手くそではあってもそれなりに読めはする手書きの文字を必死に並べて、私は無邪気に、ひたすら吐き出し続けた。

 吐き出すことが目の前で形になる、そのことが楽しくて、私はただひたすら、目の前の紙を書き文字で埋め続けた。


 書き文字が印字に代わり、印刷された字は書き文字よりも文章をマシに見せ、それが良かったのかどうか、今も時折私は考える。一体私の吐き出すこれらは、何かしら価値のあるものなのだろうか。自分の時間を使い、キーボードを打ち続けると言う作業で体を使い、ほとんど嵩のない脳を無駄に絞り、私は吐き出し続けているが、これはそうする価値のあるものなのだろうか。

 あるのかと問われれば、知らないと私は答えるしかない。ないと答えてしまうのは、あまりにも真実過ぎて、そこまで私は暴力的に正直にはなれない。

 私は、自分に嘘をつき続けている。


 吐き出すものに意味などない。私はきっと、吐き出すと言うこの行為そのものに取り憑かれているのだ。吐き出した後のことなど知らない。私はただ吐き出したくて吐き出しているだけなのだから、吐き出した後の吐き出したそのもののことなどどうでもいいのだ。

 それなのに、ほんの時折、何かの穴埋めだろう文章を求められて、それは多分、私は量を吐き出すだけなら確実に与えられた時間内にやり遂げるだろうと、ただそれだけで私へお鉢が回って来るだけのことなのだが、うっかり自惚れてしまう私は、ない脳みそを絞って、いつもなら好き勝手に書き散らせるあれこれを脇へ追いやり、求められている何か、私の中には存在しないだろう何かを吐き出そうと必死になる。

 ないそれを吐き出せるはずもないのに、私は何とかそれを見つけて吐き出そうと、愚かに必死になる。


 頭の中で予想している3分の2ほどを何とか書き進めて、頭痛のあまり私は手を止め、今は現実逃避の真っ最中だ。

 書き上げる。それだけは何とか果たす。吐き出した後のことは知らない。私の責任ではない。終わってしまえば、私はきっとそれを、まるで他人の書いたもののように読んで、楽しみさえするのだろう。

 現実逃避に脳は使わない。ただ指先の動くまま、筋の通らない何か文章のようなものを、私はただ吐き出す。吐き出して、形にして、形になっているかどうかも定かではないまま、私は丸を着けてそれを終わらせる。

 脳の中にある何かを、考えもせずにただ垂れ流す。勝手に動く指先を私の目が追い、文字を脳へ送り込んで、ああ私はこんなことを頭の中に抱えているのかと確認する。

 頭痛は少なくとも、ひどくはならずにそこで止まっている。


 さて、少しずつ悪化する私の、この締め切りを守らない悪癖を、今回はどの辺りで食い止められるだろう。

 明日にはと、頭の中でささやきが聞こえるが、頭痛の合間のその声をもちろん信用などできない。

 今日はもう諦めてしまっている。引き絞る脳などもう残っていない。頭痛が治まることだけを望んで、私は、怠惰な夜の眠りへそろそろ向かう予定だ。

 ベッドで読む本へすでに心は向かい、そうすればますます、自分の吐き出すそれが無価値なことを思い知る。

 とは言え、今抱えているこれは、誰かへ手渡す代物なのだから、誰かが価値を見出してくれることをただ祈るしかない。

 自分の書いたものを客観的に眺めることなど不可能なのだから、価値などはなから求めず、無価値と決め込んでしまった方がいい。下手に自惚れると、必ず痛い目に遭う。自惚れは、それが真実ではないからこそ自惚れなのだ。


 夢の中で書き継ぐだろう続きを、目覚めた後に見つけることができたらいいのにと、私の現実逃避もそろそろ危険な域へ達し始めている。

 頭痛で眠れなくなってしまう前に、今日は諦めて寝てしまおう。夢に見る続きを、夢のノートにでも書き記して、それが目覚めた後にどこかで見つかることを祈りながら、さて今の私はもう夢の中なのかもしれない。

投稿者 43ntw2 | 返信 (0) | トラックバック (0)

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