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ブックカバー (6/12)

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 友人に布小物を作る人がいて、用途がないままただ手元にあったきれを、私の好みに袋物にしてくれたことがあった。

 ある時思いついて、本のカバーは作れるだろうかと訊いたら、ハードカバーと文庫本用に数枚作って手渡してくれた。お礼に、赤ワイン(彼女はそれ以外の礼を絶対受け取ってくれない)を数本送り、私はうきうきを読んでいた本にもらいたてのカバーを掛けた。

 外出には大体本を持ち出すので、カバーがあれば表紙が折れたり汚れたりすることを防げる。家にいる時は、どの本を読んでいる最中かすぐに分かって便利だし、カバーの折り返しをページの間に挟んでおけるので、しおりを一緒に持ち出し忘れて困ることもなくなった。

 本が汚れなくなった代わりに、毎日何度も触れるカバーに汚れが目立ち始め、その頃にはもうブックカバーは私の日常品となり、タオルやTシャツと一緒に洗濯機の中で回るようになった。

 角が少し擦り切れ始めている。件の友人に修繕を頼むか、それとも新しいのを作ってもらおうか。コットンの手触りを親指の腹に楽しみながら、私はぼんやり考えている。別の1枚は着物の生地で、かすかな凹凸のあるなめらかな感触が、本と手に取るたび心地良い。

 カバーのせいで覆われた表紙は見えず、そのせいで、ページを開くたびにまるで真新しい本を今初めて開くような心持ちを、私は何度も味わうことができる。

 裏表紙のあらすじも見えず、一体これは何の本だったか、しおり代わりの折り返し部分を剥ぎ取るまで甦らない私の軟弱な短期記憶が、こんな時には少しだけありがたい。

 表紙と本の内容が一致しないから、本棚から選ぶたびに、初めて読むような気持ちで私は最初のページを繰る。

 カバーの掛かった本に特別な親近感を抱いて、私はそれをカバンに入れる。

 これは私の本だ。私が読んでいる本だ。

 自分が選んだ特別の1冊を手に、私は外に出る。バスを待ちながら読み、バスに揺られながら読み、カフェラテを飲みながら読み、またバスを待って読む。

 家に着き、カバンからそれを出し、次はベッドへ持ってゆく。睡眠薬のような、私の読書の時間だ。

 読み掛けのページに折り返しの部分を挟み込み、目覚ましや照明の傍へ置いて寝る。

 明日本を開く時にはまた、おぼろな記憶で、一体どんな話だったかと考えながら続きを読み始める。

 私の、少し壊れてしまった記憶を覆う包帯のように、ブックカバーは、私の読む本を覆う。私の読む本を、そうして守っている。

 私の脳と記憶も、そんな風に何かに護られているのだろう。

 夢の中に気まぐれに蘇って来る記憶の断片が、正しいものかどうかも定かには出来ない私の脳は、失った記憶の代わりのようにそこに文字を詰め込みたがる。文字を詰め込んで、失くした記憶の存在の記憶を、脳の外へ追い出してしまおうとしている。

 本の表紙は覆われて、題も作者もあらすじも見えない。分からなくても、物語は楽しめる。きっとそれでいいのだろう。

 ブックカバーに覆われてそこに置かれた本のように、私も毛布にくるまって眠る。しおりを挟んだ本のように、どこかから始まる夢の続きの中へ、読みかけのページを繰るように入り込んでゆく。

 目が覚めれば忘れる夢、そんな風に、私はまた本を読む。

投稿者 43ntw2 | 返信 (0) | トラックバック (0)

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