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Black Widow (6/29)

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 突然、ビリヤードに夢中になっていた頃のことを思い出した。10年にも満たない間だったが、それなりに真剣ではあった。

 後で知ったことだったが、世界大会の頻繁に開かれる大きな街に比較的近く、ここよりさらにビリヤードの盛んな隣国の国境に近いために、この街にはプロとセミプロがひっそりと大量に集まっており、私が後(のち)にオーナーに頼まれて仕事をすることになったビリヤードホールは、そうした人たちのたまり場だった。

 私が自分のキューを手に入れて、ひとり玉を突き出した頃、たまたま私と外見に共通点のあるプロの女性プレイヤーが世界大会で優勝したとかで、それを理由に私に話し掛けて来る人が多かった。彼女を目指して私が玉を突いているのだと思ったらしい。やっとルールを把握したばかりの私が、プロの選手の話など知っているはずもなく、彼らが(そこで出会った人たちはほとんどが男性だった)きちんと発音のできないその選手の名前も、私にはひどく聞き取りづらく、その選手のことを正確に知ったのはずいぶんと後のことだ。

 20にもならずに、大きな国内大会で優勝したある選手は、ビリヤードをオリンピックの種目にと真剣に運動していたらしいが、プレイヤーのほとんどはテーブルの回りにいる時は煙草とビールが欠かせず、ゲームの間の休憩のたびに人目につかない裏手で、こそこそとマリファナを吸っているのが普通の状況では、とても現実的な話とも思えなかった。

 彼はその後、よくある流れでもっと強い薬に手を出し、素人の私にすら勝てなくなってしまった。

 素人ゆえに、彼らの話にきちんと耳を傾ける私を、彼らは都合良く解釈して、素直な人間だとか教えやすい人間だとか言っていたが、家族も親戚もないひとりきりで、言葉も習慣も違う場所へ引っ越して来た私が、彼らの思う通りに控え目でおとなしい人間のわけもない。

 私は相手のミスを誘うやり方でしつこく粘って勝つと言う、よく卑怯と罵られるやり方をしたが、それがむしろ私の本性で、私に負けると彼らは必要以上に悔しがり、中には暴力沙汰を起こしそうに怒りを露わにする人もいたが、私の幼い外見のせいかどうか、幸い実際に殴られたこともキューやボールを投げつけられたこともない。

 彼らはよくゲームで賭けをしたが、練習するだけで精一杯の懐ろ具合の私は彼らの誘いにまったく乗れず(もちろん、乗る気はさらさらなかった)、それをプールホールのオーナーが金を扱わせても心配なさそうだと判断して、ある日私に仕事の話を持ち掛けて来た。

 その頃、内職のようなことをして日銭を稼ぎ、後は貯金の残高を心配しながら暮らしていた私には願ってもない話で、給料の話すら聞かずにそれを受け、翌々日には仕事を始め、最初は週に2日程度と言う話だったのに、私が店を閉めるための午前2時までの勤務にも文句を言わず、祝日(家族で集まる日らしいが、私にはまったく関係がない)の出勤も嫌がらないと分かると、すぐにそれが週に5日になり、多い時は7日全部と言うこともあった。

 雨風しのぐための小さな部屋で本を読み、友人に手紙を書くだけが楽しみの日々で、毎日が仕事で潰れたと言って文句を言う誰もいず、午前2時(時には3時)に仕事を終わらせてから、翌朝9時に出勤、そしてそのまま夜までと、3連勤と言う無茶もたまにあった。

 残念ながら、本職は小学校の教師であるオーナーの、セミプロの息子の酒癖と薬物中毒が原因でそのホールは人手に渡ってしまい、ホールの売り渡しに、従業員も含むとあったようだが、私はもうその時、人はいいが酒に飲まれて醜態を晒す彼らに付き合うのにうんざりしていて、彼らもまた、テーブルやキューや道具の扱いに口うるさく、接客につきものの可愛げと言うものがまったくない私が煙たかったらしく、新しいオーナー(彼らのひとりだった)は私が売却と同時に辞めると言うのを、形だけしか引き止めなかった。

 別の、飲酒も喫煙もしない、そして賭け事もしないオーナーのプールホールへ通い始め、そこでチームに入ったりトーナメントに参加したり、甲子園を目指す高校球児程度に真剣に、私は玉を突いた。

 あまりに真剣な選手のみ向けだったせいか(私にはありがたい環境だったが)、テーブル使用料だけで売り上げが振るわずに破産に追い込まれ、そしてそのホールよりも1年早く、私の以前の職場だったホールは、新オーナーと客たちが暴力沙汰でやり合って(双方ひどく酔っていた、と言う話を聞いた)、"迷惑な客たち"を出入り禁止にした結果客足がまったく途絶えてしまったと言う理由で、潰れていた。

 いつの間にか、街を歩くとよく見掛けた彼らはもうどこにもいず、他の街へ流れて行ったのかどうか、消息も知れない。

 幾人かは、まれに大会のテレビ中継で顔を見ることがあるが、今は完全に悪癖ときれいに手が切れていることを祈る。

 私は、ホールがふたつともなくなってしまった後、プールテーブルのあるバーへ通っていたりもしたが、真剣にやるには適切な場所も金もなく、そのままビリヤードから遠ざかってしまった。

 ホールのあった場所を通り過ぎるたび、賑やかだった頃を思い出す。困ったことも多かったが、それでも確かに楽しい日々だった。

 今も数本のキューは革のケースに入って手元にある。いつかまた使う時があるかもしれないと、そう思うことはやめられないままだ。

 古い試合をテレビで再放送で見掛け、毒蜘蛛とあだ名された元チャンピオンのキューさばきに見惚れて、そう言えばその言葉は喪服の未亡人と言う意味もあったと初めて思いついて、毒蜘蛛になれなかった私は、だが未亡人にはなってしまったと思った。

 キューの先が玉を突く、耳に突き刺さる、それでいて円い音に、私は目を細めて耳を澄ませる。

投稿者 43ntw2 | 返信 (0) | トラックバック (0)

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