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運の悪い日

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 雪の降る中バスを待ちながら、手にはさっき買ったばかりのカフェラテが、プラスティックのふたの小さな飲み口からかすかに湯気を立てている。ちっとも美味しくないのが残念だ。

 まるで生の豆でそのまま淹れたような味。我慢して、あたたかいカフェラテであたたまる両手には感謝しながら、私はまたその出来の残念なカフェラテをひと口飲んだ。


 大手のチェーンのコーヒーショップ──ドーナッツショップと言うべきかと、私は少々迷う──なのに、スターバックスへ対抗して始めたエスプレッソ系ドリンクの味がこれでは、普通のコーヒーも恐らく私の期待したものとは違うと、心の中で結論づけて、色々ともうどうでもいいと投げやりになりながら、私は来ないバスを待っている。

 雪はますます激しくなり、私の頭の上にも背負ったカバンにも真っ白に積もって、運動靴の中も少しずつ濡らし始めているから、私はブーツを履いて来なかったことを悔やんでいた。

 こんな日もある。何もかもがうまく行かない。つい増えてしまった買い物の荷物は重く、バスはなぜか遅れていて、待ち時間の寒さしのぎに買ったカフェラテが期待外れで、雪はひどくなる一方だ。


 近辺と比較すると、異様なほど気候の穏やかなこの街で、久しぶりに普通に寒い冬だ。多分街の人たちは、零度になったところでタンクトップで外を歩き出す。去年は、零下10度で文句を言っていたと言うのに。

 零下20度の吹雪の中──零下30度以下の感覚になる──で、人たちは紙コップのコーヒーを片手に煙草を吸う。がたがた震えながら、少しでも風をよけられる場所を探して、屋根や壁のあるところでは基本的に禁煙のここでは、それはほとんど無駄な努力だが。

 雪で視界の利かない日に、ぼうっと赤く光る煙草の火が点々と見えるのは、なかなかシュールな眺めだ。喫煙自体に興味はないが、そこまでして煙草を吸いたいのだと言う気持ちと、凍傷や凍死の危険すら喫煙と引き換えにするその蛮勇に対して、私はひそかな敬意を抱いている。

 煙草を1本吸う間に、紙コップの中のコーヒーは冷め、多分表面に氷の膜が張り始めるだろう。それでも人たちは、吹雪の中で煙草を吸う。


 バスはまだ来ない。影も形もない。私の足元だけを残して、ぐるりと丸く雪が新たに積もり始めている。

 カフェラテはすでにぬるくなって、ゆっくり飲むつもりだったそれを、私はもうほとんど終わらせ掛けていた。

 車はスピードを落とし、利かない視界に、ドライバーたちは明らかにいらいらしている。バスが来ないのは、どこか途中で事故でもあったのかもしれないと考えた。事故などない方がいい。傷つく誰もいない方がいい。

 またカフェラテをひと口飲む。飲んでも飲んでも、この残念な味には慣れない。このカフェラテの出来も、私にとっては事故のようなものだ。

 角を曲がるたびにコーヒーショップのあるこの街で、たまたま買ったカフェラテの出来が残念だと言うのは、ほとんど奇跡に近いような気がして来る。

 これなら自分で淹れるカフェラテの方がよっぽど美味しいと、やって来ないバスへの苛立ちも含めて、私はコーヒーショップに八つ当たりをしている。

 足が冷たい。私はその場で足踏みをした。


 こんな雪の中では本も読めない。どちらにせよ、カフェラテのカップで手が塞がり、本を持つことができない。そのカフェラテは残念な味のまま、もう手の中でとっくに冷えて、もう私の冷たい手をあたためてもくれない。

 時間を見るために取り出した携帯の液晶に、たちまち雪が積もる。私はそれを指先で振り落としながら、濡らさないように気をつけて、やっぱりバスが遅れていることを再び確認する。

 無為に流れてゆく時間をやり過ごすのに、携帯の中に放り込んである音楽を聴くこともできるが、PanteraとボトムズのサントラとSOUL'd OUTとRemy Shandがめちゃくちゃに並んでいるプレイリストを、ヘッドフォンもなしに再生する気にはなれない。

 音楽の代わりに、私はくしゃみをひとつした。


 ついに紙コップが空になった。プラスティックのふたの上には雪がうっすら積もり、唇を近づけると冷たい。カップを持っている指先も、そろそろしびれ始めている。

 カフェラテの出来が残念だったのが業腹で、すぐに紙コップを捨てる気にならず、そんなカフェラテを飲む羽目になってしまった自分の愚を笑うために、まるで罰のように、私は空のカップを持ったまま、雪の中でまだ来ないバスを待っている。

 

 手も唇も爪先もすっかり凍えてしまった頃、やっとバスの姿が見えた。

 定期を取り出す手が、ポケットの中でもたつく。バスの中のあたたかさに、思わずため息をこぼして、その息が白くないことに驚きながら腰を下ろした。

 まだ舌の奥に、あのカフェラテの残念な味が残っている。家に着いたら、自分でカフェラテを淹れて口直しだ。

 携帯を取り出して時間を見る。結局私は雪の中、40分もバスをただ待っていたことになる。本も読めなかったし、音楽も聞けなかった。暇つぶしはただ、行き交う車と降る雪を眺めることだけだった。

 カフェラテが期待外れで、うだうだ考えていたのは案外といい時間つぶしだったと思いながら、それでも多分もう二度とあそこではカフェラテなんか買わないと心に誓って、帰ってカフェラテを淹れながら、どのCDを聞こう──爆風スランプかRiverdogsかI Mother Earthか──かと考え始める。

 外では読めなかった本を開いて、淹れたばかりのカフェラテを、あたたかな部屋の中で飲もう。まだ降り続ける雪を窓の外に眺めて、かじまない指先で本のページを繰る。


 運の悪い日だった。でもきっと、これから淹れるカフェラテは、それほど残念なことにはならないはずだ。

 あの残念なカフェラテの味をもう一度思い出して、わたしはまたくしゃみをする。

 カフェラテの前に、熱いシャワーを浴びた方がいいかもしれない。ついでに、今日背負い込んだ悪運も全部洗い流してしまおうか。

 くしゃみがもうひとつ。走るバスの窓の外は真っ白だ。カフェラテのミルクは少し熱めにしようと、その白さを眺めて思った。

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