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あなたを愛す * 6/18

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 買い物へ出るよう水を向けたのは僕で、アイスに名前を書かずに友人の部屋の冷凍庫に入れておきたくなったのも僕だ。そしておまけのように見つけたシャーベットに、小さく願を掛けて割ると、きれいにふたつになった。
 うまく割れても割れなくても、友人の利き手に近い側の手にあるほうを渡すことは買う前から決めていたし、実際そうした。友人は僕がアイスをうまく割れるかどうか気にしていただろうか。どちらを渡すか気にしていただろうか。

zig5z7 | 2016/06/18





 ハンカチでぱたぱたと顔を仰ぎながら、通りすがりの喫茶店へ入る。このまま歩き続けるには暑過ぎる。少し休んで行こうと、素早く交わした目配せでそう言い合った。

 彼女はアイスコーヒー、私はコーヒーフロート、メニューを斜めに見て互いに10秒も掛からずに注文は決まり、窓際の席で涼しい風を堪能して、私たちは路上を行き交う人たちを眺める。

 路面からかげろうの立ち上る、夏の午後、汗を拭うのにハンカチ1枚では足りず、私はすでに使っていたハンカチをカバンの奥へ押し込んで、新しいのを財布の上辺りへ置いた。

 「暑いね。」

 「暑いね。」

 ちょっと違う調子で言い合って、すぐに出て来た冷たい飲み物に、私たちはさっそく口をつける。

 店内にぎっちりと満ちた冷たい空気で、汗まみれの皮膚は冷やされ、氷の浮いたコーヒーで喉の奥と胃が冷やされてゆく。

 ようやく人心地ついて、私たちは同時につるつるしたテーブルへ肘をついた。

 「飲む?」

 彼女が、自分のアイスコーヒーを私の方へ差し出して来る。私は首と背中を伸ばして向こう側へ近寄り、ストローを唇の間に挟んだ。

 すでに彼女が触れているそのストローから、私はひと口、ゆっくりと苦いコーヒーを飲む。

 「飲む?」

 お返しと言う素振りで、私は自分のコーヒーフロートを彼女の方へ滑らし、私がすでにそこに唇を寄せたストローの先に、今度は彼女の唇が触れる。白いストローに薄く茶色が走り上がってゆく先の、彼女の口紅がなくても十分に赤い唇に、私はじっと目を凝らしている。

 「あまーい。」

 「ブラックは飲めないもん。」

 彼女が大袈裟に言うのに肩をそびやかして、彼女の唇の感触が消えないうちにと、私は急いでストローへ指先を伸ばす。

 冷たいはずのコーヒーが、そのひと口は何だか熱く感じられて、唇を離した後で私はむやみにストローで氷をつついた。

 彼女が、この間見た映画の話を始める。貧しい若者たちが何となく集まって、楽しく苦しく騒がしくバンドをやる話だ。きっと好きだと思うよと、彼女が私に言う。そうだろうねと私が相槌を打つ。

 すでに見ていることは言わない。だったら一緒に行こうよと、彼女に言うためだ。私と一緒に、彼女はすでに見ているその映画を、もう一度見てくれるだろうか。

 映画の前にお茶をして、映画の後に食事をして、そうして互いの乗り換えの駅で分かれて、私たちが友人同士でないなら立派なデートだけれど、私たちはただの友人で、今も彼女の買い物の付き合いに街に出て来て、私は内心とても浮かれている。

 彼女はもう半分以上アイスコーヒーを飲み終わり、私はまだコーヒーに浮いたバニラアイスには手をつけず、良く効いた冷房のせいで、アイスは最後まで形を保っていそうだった。

 外から見える私たちは、窓枠で切り取られてふたりきり、小さな水槽に入れられた魚のように見えるだろうか。区切られた世界にふたりだけで、誰も私たちを指差さず、私たちの存在を知りもしない、そんな世界。

 溶けないこのアイスと同じように、一途な私の想いは、溶けてもコーヒーにはきちんと混ざらないのと同じに、どこにも行けず、何にもなれず、私の胸の中でただふくらみ続けている。

 ずずっとちょっと品のない音を立てて、彼女がアイスコーヒーを飲み終わった。私も慌てて自分のストローへ視線を落とし、まだぼってりと丸い形を崩さないアイスの、わずかに黄みがかった白い輪郭を、なぞってそれが彼女のとても柔らかそうな頬の線に似ていると思う。

 「ひと口ちょうだい。」

 彼女が言う。柄の長いスプーンをもう取り上げて、アイスのてっぺんを少し削り取る。軽く開いた唇の中に、冷たくて甘い優しい白さが取り込まれて行って、紅い舌がそれを舐めるのが見えた。

 アイスになりたいと、私は思った。

 彼女の体温で溶けてしまう、冷たいアイス。

 彼女が最初のひと口を取ったアイスを、やっと私が食べ始める。

 すっかり冷えた体の中を、さらに冷たいアイスが、とろとろに溶けて流れ落ちてゆく。胃の中の闇の中で、跡形もなくなってゆく。

 私は、私の恋を食べている。わずかに溶けて、コーヒーの漆黒に近い黒さを穏やかな土の色に変えて、最後のひと口は小さくなった氷と一緒に口の中に放り込んで、がりがりとかじって、飲み込んだ。

 空になったグラスをふたつ、テーブルに残して私たちは店を出る。夏の陽射しの中に再び足を踏み出して、並ぶ影も肩も決して触れ合わない近さで、一緒に歩いてゆく。

 信号待ちに立ち止まった間、彼女の手の影に、私は自分の指先の影を触れさせた。彼女は知らない。夏の路上で起きた、私だけの秘密。

投稿者 43ntw2 | 返信 (0) | トラックバック (0)

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