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 朝、ヨーグルトを口にしたきりだった。

 外出中の私は空腹で痛みを感じ始めている胃を撫でて、家に帰れば冷蔵庫に何かあると、腹の虫をなだめようとした。

 1時間は我慢できた。それを過ぎて、まだ家に帰ったらと自分の空っぽの腹に向かって言い続けるのに疲れて、途中でカフェに寄って、ついでに久しく外で飲んでいないカフェラテを楽しむかと思ったのだが、カフェでゆっくりするほどの時間はなく、それについて内心舌打ちをしてから、帰り道の途中で、店内に椅子とテーブルのあるセブンイレブンで、ピッツァをひと切れ買うことに決めた。

 イタリア系の、菓子類は好みでないのだが、エスプレッソ系の飲み物とピッツァは美味しいカフェからは幾段も落ちるが、空腹に負けた私にはもうセブンイレブンのピッツァも大した違いはない。

 しばらく前にアイスコーヒーを買いに立ち寄った暑い日に、視界の片隅に入れておいた、小さめのドーナッツのことも気になり始める。

 空腹と言うのは恐ろしい。店に入ると、ペパロニの載ったピッツァの前を通り過ぎて、私はまずドーナッツの陳列台の前に立った。

 記憶の通りの小さくて丸いドーナッツ(真ん中に穴の開いてないタイプだ)がある。ひとつと思っていたのに、白いアイシングにキャラメルソースの掛かったのをひとつ、それからチョコレートのアイシングに同じ色の粒々の掛かったのをひとつ、これは今夜の、夕食の後のデザートにするつもりだった。

 それからさらに店の奥へ進んで、アイスコーヒーを買う。フレンチヴァニラは売り切れだ。仕方ない、モカにしよう。Mサイズのカップとストローを取って、脳の溶ける甘さを想像しながら中をいっぱいにする。

 甘さの見本のようなそれらを手に、私はようやくピッツァの前に立って、このひと切れをと、ガラスの向こうを指差す。髪の短い、少年のような女性の店員が、これよねと確かめながら、私が指した分を取ってくれた。

 レジで会計をしながら、私の頭の中はチーズとトマトソースでいっぱいだ。ここのピッツァは台がパンのように厚く、ひと切れで満腹になるのをちゃんと知っている。

 ピッツァの店で買うと、ひと切れが大き過ぎて食べ切れない。セブンイレブンのピッツァは小さめで、ふた切れは無理だがひと切れなら私にはちょうどいい。

 味に文句を言っている場合ではない。財布を荷物の中に戻して、私は買い物を両手いっぱいに抱えて、レジの後ろにあるテーブルの方へゆく。

 むやみに脚の長い、座面の位置のやたらに高い椅子にやっと腰を下ろし、私はまずひとつため息をこぼした。

 ふっくらとぶ厚いピッツァにかぶりつく。歯を立てたところからトマトソースがあふれて来て、甘みのある酸味の後を、チーズの香りが追いかけて来る。ペパロニはちゃんとペパロニの味と歯応えだ。今の私の胃にはこれで十分だ。

 目の前のガラスの壁の向こうを、車が走ってゆく。店の表の角に当たるそこにはゴミ箱と灰皿が置いてあって、今は休憩中の店員の女性がふたり、彼女らの友人らしい他の女性がふたり、楽しげに笑い合っている。彼女らの手にした煙草を見て、食後に吸う一服の味わいを、私はピッツァの台をもぐもぐ咀嚼しながら想像する。

 台の量に圧倒されて、トマトソースもチーズも口の中の片隅に追いやられ、辛うじてペパロニの、小麦粉からは程遠い食感が今私が食べているのは確かにピッツァなのだと伝えて来る。

 最初に行こうかと思ったカフェからは程遠い眺めと口の中の祭典だが、決して悪くはない。空腹がなだめられて、私はいい気分だった。

 カフェには歩いて恐らく20分強掛かるが、このセブンイレブンまでは10分程度だ。しかも24時間空いている。夜中の3時にピッツァを食べたくなれば、ここに来ればいい。にせものだが、舌がしびれるほど甘いのを気にしなければ、冬にはパンプキン・スパイス・ラテもある。

 もっとも冬の夜には、そんなものを家まで持ち帰れば凍ってしまうのだが。

 ピッツァで口の中が乾き、私はモカのアイスコーヒーをひと口すすった。思った通りに、甘い。口と喉の奥全部に、砂糖を塗りたくったような甘さが広がり、しみつく。それでも冷たいそれは、きちんと私の喉を潤し、胃の辺りまで冷やしてくれた。

 5分で食べ終わり、もう一度アイスコーヒーを飲んで、私は荷物を手に立ち上がる。

 外の彼女たちはまだ談笑と喫煙中だ。その傍を通りながら、煙草の匂いを、私はちょっとだけ懐かしいと思った。

 暑い日に、アイスコーヒーはたちまちぬるくなる。カバンの上に載せたドーナッツをちょっと気にしながら、私は足早に家へ向かう。

 夕方近いこんな時間に満腹に近くては、夕飯を作るのが面倒になるかもしれない。罪悪感が少しだけ胸の隅をよぎって行ったが、少なくとも胃の痛みは消えている。不健全な買い食いにひとり肩をすくめて、ちょうど青になった信号を見て、横断歩道を渡る。

 ストローが、カップの底を吸い上げて、ずずずと子どもっぽい音を立てた。アパートメントが目の前だ。

 唇の端に、トマトソースの匂いがまだ残っていた。

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